前 へ
礼拝メッセージの目次
次 へ
礼拝メッセージより
「見えない計画」 2014年10月5日
聖書:イザヤ書6章1-13節
時代
イザヤが預言者として神に召された時の話しだ。それがウジヤ王が死んだ年であると書かれている。紀元前736年ごろだそうだが、ウジヤ王が死んでその息子であるヨタム王が次の王になった。
当時のユダヤは北の方にある北イスラエル王国と、南ユダ王国に別れて弱体化していた。ウジヤは謀反によって殺された父に代わって16歳で南ユダ王国の王となった。大変優れた王だったそうで、52年間南ユダ王国を治めていた。強力な軍隊を率いて、外敵からユダの国を守った。宿敵であったペリシテを破り、城壁を強固にし、軍隊を増強し、農業を盛んにし、国も栄えた。王は国民からも信頼され人気も高かったそうだ。
そんな王が死に、国中に不安が広がっていた時期だったようだ。
幻
イザヤは神殿の祭司だったらしいが、そのイザヤが見たものが6章に書かれているものだった。主が高く天にある御座に座っていて衣の裾が神殿いっぱいに広がっている、そしてセラフィムがいて、そのセラフィムとは天使のようなものと考えられていたそうだが、そのセラフィムは六つの翼を持っていて、二つで顔を覆って、二つで足を覆って、二つで飛び交っていて、聖なる聖なる聖なる万軍の主、主の栄光は地をすべて覆う、と歌っていて、その声で神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた、イザヤが見たのはそんな光景だった。
イザヤはこの光景を見たことで、わたしは汚れた唇の者であり、そんな汚れた者が万軍の主を見たのだから滅ぼされる、と言ったと書かれている。汚れた人間が神を見てしまうと死んでしまうと考えられていたようで、旧約聖書にもそういうことが度々書かれている。
どこかの牧師が、江戸時代に日本では殿様が道を通る時には庶民は土下座をして勝手に顔を上げて見てはいけなかったということを書いてあったけれど確かに似ている気がする。殿様の顔を許可もなく見てしまったら大変なことになる。似たような気持ちをユダヤ人たちも持っていたのだろう。イザヤも、神を見てしまった、もう滅ぼされると思ったのだろう。
しかしそこにセラフィムのひとりが祭壇からとった炭火を挟んだ火鋏を手に持って飛んできて、イザヤの口に火を触れさせ、これであなたの咎は取り去られ、罪は赦された、と言ったという。火傷しなかったのかと心配になるけれど、イザヤは咎も罪もないものとされたことになり、死んでしまう心配もなくなることになった、ということらしい。
そこで、誰を遣わすべきか、誰が我々に代わって行くだろうか、という主の声を聞き、イザヤは、わたしがおります、わたしを遣わしてください、と答えたと言う。滅ぼされないでよかったという喜びと安心感もあって、思わず主の声に反応したような気もする。
それに対し主は、この民に、「よく聞け、しかし理解するな よく見よ、しかし悟るな」と言えなんてことをいう。普通、よく聞いて理解しろ、よく見て悟れ、と言うべきだと思うがこの時には理解するな、悟るなと告げるようにと言われる。なんでこんな変な命令をするんだろうか。その理由のようなことが10節に書かれている。「この民の心をかたくなにし/耳を鈍く、目を暗くせよ。目で見ることなく、耳で聞くことなく/その心で理解することなく/悔い改めていやされることのないために。」
理解しないし悟らないし、いやされないもしないのなら、一体何のために遣わすのだろうか。
その後
その後、ウジヤに代わって王となったヨタムは、ウジヤ王に倣って軍備を一層整える。しかしヨタム王の時代に北方のアッシリアが勢力を伸ばしてきたことに対抗して北イスラエル王国と隣接するアラム王国とが軍事同盟を結ぶ。そして南ユダ王国に対しても、一緒にアッシリアに対抗しようと同盟を結ぶことを求められる。
しかし、ヨタム王は同盟の呼びかけに対して反対し、北イスラエル王国から軍事侵攻を受けることになる。
ヨタム王から次のアハズ王の時代になると、アハズ王は、北イスラエル王国、アラム王国からの侵攻に対して打ち破ることができず、アッシリア帝国に貢物を納めて、アッシリア帝国に守ってもらうことを決断する。
すでにウジヤ王の時代から、人々の間には偶像崇拝をするようになっていたが、アハズ王の時代にどんどんはびこってきて、異教の神々の祭儀を行うようになる。
結局神がイザヤに告げたとおりに、イザヤの時代には民はイザヤの告げる主なる神の声に聞き従うことはなかった。そしてついに、イザヤの時代からは100年以上経って後、南ユダ王国は滅ぼされてしまい、多くの民がバビロンに補囚されてしまうことになった。12節に「主は人を遠くへ移される。国の中央にすら見捨てられたところが多くなる。」と書かれている通りになる。
バビロンに補囚されてしまったことによって、ユダヤの人達は一体どうしてこんなことになってしまったのか、神に選ばれてエジプトからも救い出された民であったはずの自分達が一体なぜこんなことになってしまったのか、と考えたようだ。
何が間違っていたのか、何が悪かったのかと考えたのだろう。そんな時に辿り着いた答えが、自分達がこの主なる神に従ってこなかったこと、従うべき神に聞き従わなかった、そのために国が滅びてバビロンに補囚されるような事態になってしまったということだった。そしてその反省として聖書が、今の旧約聖書の多くがその時にまとめられたそうだ。
その反省のための種をイザヤは神に伝えるようにと言われたのではないかと思う。ずいぶん時代が下ってから役に立つために、イザヤは神の言葉をこの時に伝えておくようにと言われたのかなと思う。今はわからないだろうが後になって分かるときがくる、だからその時のために告げよと言われているようだ。
しかし国の滅びを伝えるということはかなりしんどいことだったろうと思う。耳障りに悪いことを語るのは大変なことだ。それでも自分が語ることを相手がすぐに理解し納得してくれて、本当に自分達は間違っていた、大事なことを伝えてくれてありがとうなんて言われればうれしいしやりがいもある。しかし語っても理解されず、間違いも認めない、もちろん反省もしないし改めることもない、あいつは何を言ってるんだ、縁起でもないことを言うな、なんてことを言われながらそれでも語り続けるのはとても大変なことだろうと思う。
イザヤは11節で、いつまででしょうか、と聞いたと書かれている。神の言葉を語ることは今すぐ成果が見えることではないということを告げられている。なんだかすごいなと思う。イザヤもよくそんなことできたなと思う。どうしてそんなことできるんだろう。
見えない計画
人に評価されることはうれしいし、褒められると元気になる。でもなかなかそうもいかないことも多い。偉大な芸術家の人達も、ずいぶん後になってから評価されるなんてことをよく聞く。バッハの曲もだいぶ後になってから評価されるようになったなんてことを聞くと、もし自分がバッハだったらそんなのいやだなと思ってしまう。是非生きている間に評価して欲しいと思う。
でもイザヤは、評価されることはない、評価されるのはずっと後になってからだ、と言われているようだ。神にそうしろと言われればやるしかないわけだけれど、でもそこに神の計画があったということなんだろうと思う。随分後になってから、自分が死んだ後になってから咲く花のために種を蒔くみたいな話しだけれど、そういう遠大な神の計画の中に組み込まれているということなのかもしれないと思う。
見えない神の見えない計画な訳で、掴み所がないというか、自分が語ることが本当に役に立つのか、本当に神の計画なのか、本当に神の命令なんだろうかという気持ちにもなりそうだし、イザヤもそんな気持ちにもなることもあったっのではないかと想像する。でもそんな自分の疑いや不安を覆い尽くすような神の大きさ、神の計画の大きさを感じるというか圧倒されてイザヤは語り続けていったんじゃないかと思う。
見えない神に守られ支えられて、また見えない神の計画の中に私たちも生かされているのだと思う。
新約聖書に「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」(コリントの信徒への手紙二4:18)という言葉がある。
見える結果、見える成果、あるいは今日見える結果にばかり目を奪われていては大事なものが見えなくなるのかもしれない。見えない神に、見えない神の計画を見つめていきたいと思う。その大きな流れの中に生かされていることを忘れないでいたいと思う。見えないからこそ、神の言葉をしっかりと聞いていなさいと言われているのかもしれない。