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礼拝メッセージより
説教題:「挫折の背後」 2005年3月13日
聖書:ヨハネによる福音書 18章1-27節
逮捕
最後の晩餐を終えたイエスと弟子たちは、キドロンの谷の向こうへ出て行った。そこにはオリーブ山があり、その中腹にゲッセマネの園があった。ゲッセマネというのは「油絞り」という意味で、ここではその丘で育つオリーブから油が絞られた。エルサレムには私有の庭園をもつほどの空間がなかったので、裕福な人たちはここに庭園を持っていた。イエスの友人の誰かが持っている庭園に入ることを許されていたのだろう。イエスと弟子たちは静けさを求めてしばしばそこを訪れていた。だからユダはそこに行けばイエスに会えるということを知っていた。
ユダは一隊の兵士たちと祭司長たちやファリサイ派の遣わした下役たちを引き連れてやってきた。12節では千人隊長がいたということなので、兵士は千人くらいいのただろう。松明や灯火や武器を手にして、ものものしくやってきた。どこに隠れても必ず見つけ出すというような勢いだったようだ。
ところがイエスは反対に自分から進み出て「誰を捜しているのか」と言ったという。兵士たちが「ナザレのイエスだ」と答えたのに対し、イエスが「わたしがそれである」と言ったとき、兵士や下役たちは、イエスが堂々と自分から目の前にやってきたことでびっくりして腰をぬかさんばかりだったのだろう。
イエスは、わたしがあなたたちが探している人間だ、私を捕まえればいいのだからこの人々は去らせなさい、と迫ったという。ペトロは剣を持っていたので大祭司の手下の右の耳を切り落とした。力ずくでイエスを守ろうとしたのか、相手をやっつけようとしたのか。しかし十数人で千人を相手にするというのは冷静に考えるとかなり無理がある。イエスはそんなペトロをいさめた。しかしその理由はとうていかなわないから止めろということではなく、父がお与えになった杯はのむべきではないか、と考えていたからだった。自分が捕まり処刑されることが父なる神の計画ならばそれに従おうということだった。
アンナス
兵士たちはイエスを縛り大祭司カイアファの舅であるアンナスのところへ連れて行った。
アンナスは悪名高い人物だった。ユダヤ民族が自由だったころは、大祭司は死ぬまで任期をつとめるという時期があった。しかしローマ帝国に支配されるようになると、ローマ政府の命令に最も積極的に従う人間に大祭司職が与えられるようになった。賄賂を使ってその地位と権力を手に入れるようになった。アンナス一族は莫大な富を持っていて、陰謀と収賄によって次々と要職についた。
どうやってそんな富を持ったかと言うと、当時神殿の異邦人の庭には、犠牲のための動物を売る商人がいた。神殿にささげるいけにえは傷も汚れもないものでなければいけなくて、検閲官がその通りかどうかを調べていた。神殿の外からもってきたいけにえは必ず検閲をうけないといけなかったが、だいたい必ず欠陥が見つけられた。いちいち検閲されて、これはだめ、これもだめ、と言われてばかりいると面倒になって、自然と神殿内の屋台でいけにえを買うようになる。神殿内で売られているものは検閲済みであるということになっていたのでそれ以上検閲されることもなかったからだ。ところが神殿の外で買うよりも高く、十倍も二十倍もしたそうだ。そこで儲けた金でアンナスは富を築いた。
イエスが神殿の屋台をひっくり返したことがあったが、そんな背景があったということだ。だからアンナスにとってイエスは自分たち一族の富と立場を脅かす危険分子だった。だからまず自分の所へイエスを連れてこさせたのだ。
アンナスはイエスに弟子たちのことや教えについて尋ねたがイエスは自分に聞くのではなく証人に確かめろと答えた。どうしてそんなことを言ったのというと、ユダヤの裁判では答えることによって罪を認めることになるような質問をしてはいけないというのが基本原則だった。つまり無理矢理自供させるようなことをするのではなく、証人の証言によって証明するというのが原則だった。だからイエスは、話しを聞いた者に尋ねなさい、悪いというなら悪いことを証明しなさい、と言ったのだ。
イエスは神の計画を全面的に受け止めようとしている。いみじくもカイアファが言ったように、民の代わりに死ぬという苦難の道を進もうとしている。
挫折
ヨハネの福音書ではイエスが弟子たちを去らせたとなっているが、他の福音書を見ると、イエスが捕まったときに弟子たちは皆イエスを見捨てて逃げてしまっている。弟子たちはイエスが去らせてくれたのでそそくさと逃げたのかもしれない。
しかしペトロともう一人の弟子、これは誰だかはっきりしないが、この二人は勇気を出して大祭司の官邸に向かった。といっても、イエスを助けに行くというようなことではなく、どんな様子かをうかがいに行くといったことだったようだ。
すると門番の女中に、あなたもイエスの弟子の一人ではありませんかと聞かれて、違うと答えている。中庭に入っていくと、もう朝方で冷えてきていたのでろう。僕や下役たちが火に当たって暖を取っていた。その中にペトロも紛れ込んだ。するとここでも、お前もあの男の弟子の一人ではないのかと聞かれ、また違うと答えた。するとこんどは、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者がそこにいて、庭園であの男と一緒にいるのを見られてるんだぞと言われたが、それも否定してしまった。すると鶏が鳴いたという。
ヨハネによる福音書ではその時ペトロがどうしたかは書かれていないが、他の福音書を見ると、鶏が鳴いたことでペトロは、鶏が鳴く前に私を知らないと言うと言ったイエスの言葉を思い出したようだ。その時には「たとえ、一緒に死なねばならなくても、知らないなんてことはいわない」と言っていたのに。そこでペトロはイエスの言葉を思い出し泣き出したと書かれている。
ペトロはある時にはイエスに対して「あなたこそ生ける神の子キリストです」と言い、そのすぐ後でイエスが、わたしは処刑されると言い出したときには、そんなことないでしょうと言ってイエスをいさめて、イエスからサタンよ、悪魔よなんて言われている。そんなことを繰り返している。情熱家、熱血漢の様に見える。ここぞと思ったときにはまっしぐらで、周りのこともよく見ないで突っ走るようなところがあったのではないかと思う。そして自分自身でもそんな自分に酔いしれている、ほれぼれしていたのかもしれない。
しかし、それだからこそ余計に、この時イエスを知らないと言ってしまったショックは大きかったのではないか。なんというだらしない奴だと自分のことを攻めていたに違いない。大の大人が泣くほどだから相当のショックだ。それほど自分のことが情けなかったのではないだろうか。偉そうなことを言って、イエスについてきた。どこまでもイエスについていくつもりだった。たとえ死ぬことになってもそうするつもりだった。その時にはその自信もあったのだろう。それなのに、なんだかよくわからんうちに、突然イエスは捕まえられてしまった。急に状況は変わってしまって、気持ちの整理もつかないままについ逃げ出してしまい、どうしようどうしようと思っているうちに、お前も仲間だろう、なんて言われて、つい知らないと言ってしまった。イエスの一番の弟子なんだと言う自負もあったのではないか。俺がやらねば俺が先頭に立ってやらねばと思っていたのではないか。
ペトロは、この時自分がそんなに立派ではないことに気づいた。自分の熱心さも頼りないものに思えてきたに違いない。死んでもついていく、と仲間内では偉そうなことを言えるけれど、いざ敵対者を目の前にするとすぐに挫けてしまった。少なからずあった自信を粉々に砕かれてしまった。そしてペトロは泣いた。自分の情けなさ、惨めさ、恥ずかしさ、そして弱さを嘆いての涙だったのではないか。
しかし、ここからペトロの信仰は始まったのだと思う。
神を信じると言うことは、自分を頼ることではない、自分を頼りとしない、と言うことだ。自分自身の熱心さとか信仰深さとか、まじめさに頼ることでもない。ペトロはここで挫折した。偉そうに言ってきたのでいざとなると逃げ出してしまった、自分がやばい状況におかれると、どこまでもついて行くと言ったイエスのことを知らないと言った。しかしその挫折によってペトロは信仰というものを知ったのではないか。自分はそんな人間だったのだということをつきつけられてしまった。しかしそこからきっとまたペトロはイエスを見つめ直した。涙でかすむ目で、自分の惨めさをいっぱい抱えてもう一度イエスを見つめ直したのだと思う。でも自分は本当はそんな風に弱い、だらしない人間なのだということを知ってそれを自分で認めた時から、イエスの本当の姿が見えてくるようになったのではないか。
イエスはペトロが自分のことを知らないと言うだろうと言われていた。そう知りながら、イエスはペトロを見放すことはなかった。見捨てることはなかった。ペトロの方から逃げ出すまで一緒にいた。そういうペトロと分かっていて、自分の弟子として認めていたのだ。
ペトロは、自分のだらしなさを嘆いて泣いたことだろう。しかし、その自分のことを見放さず、弟子としてくれていたイエスの偉大さをことさら感じたのではないか。
ペトロはその後初代の教会を建てて行った。そのために大きな働きをした。カトリック教会では初代の教皇となっている様だ。最初の教会にとってペトロは偉大な指導者だったに違いない。しかしそのペトロのみっともない裏切りを聖書はここに載せている。この福音書が書かれた当時、ペトロはどんどん伝道していたか、あるいはもうなくなっていたかもしれない。偉大なペトロ先生と言われていもいいような状況だっただろう。なのにこんな無様なペトロを聖書は記している。ということは、きっとペトロ自身がこのことを話していたということだろう。自分自身で後の人に繰り返しこのことを聞かせていたのではないかと思う。
もちろんペトロにとっても裏切り、挫折、失敗はとてもつらいことだっただろう。ペトロにとって、鶏の鳴き声はその後も身にしみる声だったに違いない。心の中に傷を負っていたようなものだ。しかも鶏は毎朝泣く。毎日毎日、ペトロはその声を聞いたことだろう。しかしその心の傷の痛みを思う度に、またその傷を覆い尽くす神の愛、忍耐をまた毎朝確認していたことだろう。
裏切った自分をイエスは全部受け止めていてくれた、そして今も全部受け止めてくれている、ペトロはそのことをいつも確認していたのだと思う。
自分はそれほど悪い人間じゃない、それほど駄目な人間じゃない、それほど嘘つきじゃない、と思いたい。あの時はあんなこともあったけど、あんな状況だったから、なんていろんな口実をつけて自分のだらしなさや罪深さを認めたくない気持ちがある。そんな風に自分の弱さを認めることは苦しいことだ。自分の間違い、また罪を認めることは苦しいことだ。でもそれを認めることで、初めてイエスの本当の姿が見えてくるようだ。そんな私たちをイエスは見つめ続けている。挫折し泣き崩れている私たちにイエスの暖かい愛のまなざしが注がれている。自分の心の中の一番深い暗闇を私たちが見つめるならば、そこに注がれているイエスのまなざしをきっと感じることができる。