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礼拝メッセージより
シリア・エフライム戦争
今日の預言が語られた当時はイスラエルは北のイスラエル王国と南のユダ王国に別れていた。北からはアッシリアという強い国の脅威が迫っていた。アッシリアは首都がニネベで、今のイラクの北部にあたるようだ。領土が最も拡大した時にはペルシャ湾からエジプトまで支配するような強い国だった。そんな強い国がこの当時はイスラエルの北の方にあった。
イザヤ書6章には、ウジヤ王が死んだ年にイザヤが神から神の言葉を伝えるようにと預言者として召命を受けたことが書かれているが、そのウジヤ王の時代にはアッシリアの勢力もまだパレスチナまでは、さほど及んではいなくて、北イスラエルも、南ユダも平和で繁栄していた。
ところがウジヤ王の晩年、紀元前745年に、ティグラト・ピレセル3世がアッシリアの王となってから、パレスチナ地方にも勢力を伸ばして来た。度々遠征してきて、小さい国を侵略して貢ぎ物を取り立てるようになった。北イスラエルのさらに北、シリアにはアラムという国があったが、アラムの王レツィンと北イスラエルの王ペカは同盟を結んでアッシリアに対抗しようとした。アラムとイスラエルはアッシリアから多くの貢ぎ物を要求されていたようで、何とかしてそれをはねのけようとしていたようだ。そして南ユダのアハズにも同盟に参加するようにと要請した。この地域が結束してアッシリアに対抗しようということだった。けれどもアハズはそれを拒否した。するとアラムと北イスラエルは南のユダを攻めてきた。これをシリア・エフライム戦争というそうだ。
そのことがイザヤ書7章のところに書かれている。アラムとイスラエルが同盟を結んだことを知ったユダの人たちは王も民もみんな動揺した。南ユダのアハズ王は恐れの余り、自分の子を焼き尽くす献げ物として献げるという異教の儀式を行ったと列王記下16章には書かれている。
主はイザヤに対して、落ち着いて静かにしているように、というアハズへの言葉を託す。同盟軍は新しい王を据えようと画策しているけれども、それは上手くはいかない。主なる神にしるしを求めよ、と告げる。アッシリアに援助を求めないで、防衛戦争をすべきだと助言した。神が守ってくれると約束しているのだから、落ち着いていなさい、おかしなことはするな、ということだ。
これに対して南ユダのアハズ王は、アッシリアのティグラト・ピレセルに助けを求めて、神殿と王宮の宝物庫に銀と金を贈り物として送った。ティグラト・ピレセルはアハズ王の求めに応じて、北イスラエルの地中海沿いの地区、ガリラヤより北の地区、ヨルダン川東岸のギレアドの三地域を占領した。さらにアラムの首都ダマスコを占領して、アラムの王レツィンを殺して、住民を移住させた。
その後アハズ王はアッシリアの王に会うためにダマスコへ行ったけれども、そこで見た祭壇の見取り図と詳しい作り方の説明書をエルサレムに送って、同じものを作らせて、そこで献げ物を献げた、と列王記下16章に書いてある。
アハズはイザヤの忠告に従わずアッシリアに助けを求めた。そういう対立があったので、イザヤは次の王ヒゼキヤが即位するまではエルサレムで公に預言活動することができなかったそうだ。
ヒゼキヤが王となったのは列王記下18章には25歳と書かれているが、5歳の時だという説があるそうだ。イザヤは若い王に期待を掛けていたようだ。そしてこの箇所はこのヒゼキヤの即位にあたって、イザヤが語ったと考えられているそうだ。
9章のすぐ前のところでは、「先に、ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが、後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは、栄光を受ける」と言われている。この地域はシリア・エフライム戦争の時にアッシリアによって占領された地域だそうだ。その占領された地域で苦しい生活をしている人たち、闇の中を歩む民は、大いなる光を見る、その人たちの上に光が輝いた、そして深い喜びと大きな楽しみを与えられた、戦いは終わる平和が訪れる、とイザヤは語る。
3節にミディアンの日のようにという言葉があるけれど、これは旧約聖書士師記に出てくる、ギデオンが300人の精鋭と共に数え切れない程のミディアン人と戦って勝利した時のことを指しているようだ。ひとりのみどりごの誕生によって戦いに勝利し平和が訪れる、ヒゼキヤがそんな王だとイザヤは期待を込めて語っているということらしい。
またその名は、驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君、と唱えられる、と言われる。何のことかよく分からなかったけれど、古代のエジプトでは古くから王の名はカルトゥーシュと呼ばれる楕円形の枠の中に五つの称号で表されることになっていたそうだ。ヘブライ語の原語には6節に不明の2文字があるそうで、実はもう一つ「永遠の裁き司」というのがあったけれどそれが脱落してしまって、もともとは5つの称号だったのではないかという説もあるそうだ。要するにヒゼキヤはエジプトの王に匹敵するような立派な王になると言いたいのだろうと思う。
続けて、ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない、王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられると言う。つまり南ユダ王国は守られる、ダビデの時代のような強い国となるというようなイザヤの期待の大きさが現れているのだろうと思う。
予言?
新約聖書のマタイによる福音書4章12-17節にこんな言葉がある。
4:12 イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。
4:13 そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。
4:14 それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
4:15 「ゼブルンの地とナフタリの地、/湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、/異邦人のガリラヤ、
4:16 暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」
4:17 そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。」
イエスが活動を始めた時の拠点はカファルナウムで、福音書にあるようにゼブルンとナフタリの地方にある町だった。そういうことからもマタイはイザヤの言葉はイエスのことを預言していたのだと解釈しているようだ。そもそもマタイは預言者が言われていたことが実現したという言い方が好きみたいで、福音書の中には度々出てくる。つまりそういう見方でイエスを見ているようだ。マタイはユダヤ人に向けて福音書を書いているようなので、ユダヤ人にとっては旧約聖書の裏付けがある方がイエスを理解しやすかったのかなと思う。
イザヤは700年も前にイエスの誕生を預言していたのだというメッセージもいっぱいあって、なんとなくそうなんだと思っていたけれど、最近は疑問に思っている。やっぱりイザヤはヒゼキヤ王のことを言っているんだと思う。
でもこれは屁理屈かもしれないけれど、今日の言葉はイエスにこそふさわしいと思えるものもあると思う。闇の中を歩む民、死の陰の地を住む者に光を射す、それはまさにイエスの生き様だと思う。
闇
私たちは不安をいっぱい抱えて生きている。よその国から攻められてくるかもしれないなんていう切羽詰まった心配はあまりないが、この先の人生どうなるのかという不安はいっぱいある。自分の人生を自分の力で切り開いていく自信がある人はそうではないかもしれないけれど、そんな自信持っている人はどれくらいいるんだろうか。こんな自分は将来大丈夫かと思う。自分には能力も技術もない、ずっと仕事も続けられるのか、この先食べていけるのか、住むところはあるのか、そんなことまで心配だ。いつまでも元気でいられるかどうかもわからない。将来を考えると不安だらけだ。お金がいっぱいあったり、将来を保障してくれる目に見える確かなものがあれば安心できるのかもしれないけれど、そんなものない。しかしそんな闇の中を歩むような私たちを照らす光がやってきた、マタイはそのことこそ言いたいのだと思う。
またイエスは私たちの心の闇をも照らす光なのだと思う。自分は駄目だ、こんな自分に価値はない、そんな私たちに、いやそんなことはない、お前はすばらしい、私はお前が大切だ、お前が大好きだ、お前を愛している、イエスはそう語りかけてくれている。
イエスは私たちを外から照らす光であるだけではなく、私たちの真っ暗闇の心を内側から照らす光でもあるのだと思う。
そんな光がやってきた、そのことを改めて噛みしめる、それがクリスマスなのだろう。