【礼拝メッセージ】目次へ 

礼拝メッセージより



「風に流されながら」 2022年5月29日
聖書:使徒言行録 27章13-38節
聖書はこちらからどうぞ。
(日本聖書協会のHP)

ピアノ
 しばらく前からピアノの調子が悪くなって、調整に来てもらったけれど、最初はこれで大丈夫と安心したらまたダメで、また頼んでまたダメで、というのを何回も繰り返していた。
 結局別のピアノを輸送費と修理費だけ払って譲り受けることになって、取り持ってくれた人がその手配もしてくれてて、これで一安心と思ってた。実は先週そのピアノが来る予定だったんだけど、先方の方の家が入り組んでいるところにあるそうで、予定していた車が入れなかったか何かで、申し訳ないけど輸送費も高くなってしまう、なんて連絡が当日あって、すっかり凹んでいる。
 誰の所為ってこともないし、誰に文句言うわけにもいかないけれど、もうどうにかしてよと思ったり、もうどうにでもなれと思ったりしている。
 そんなことを思いつつ今日の聖書を読んでた。しっくり来すぎだろこれ。

いきさつ
 パウロは3回の伝道旅行を終えてエルサレムにやってきていた。ところが、アジアから来たユダヤ人たちが神殿でパウロを見つけ騒ぎを起こす。ユダヤ人たちはパウロを神殿の外に引きずり出し、殺そうとした。
 ローマ帝国の治安部隊が彼を捕らえられ、その後パウロはローマ側の管理下に置かれる。パウロは、ユダヤ人たちに語ることを許されたが、パウロの話はユダヤ人たちを更に激怒させた。
 翌日パウロはユダヤの最高法院で自らの弁明をする。しかし最高法院内部で激しい論争が起こる。
 その後ユダヤ人がパウロを殺す陰謀を企てたが、パウロの姉妹の子がこの陰謀をローマの隊長に知らせ、彼は武装した護衛をつけて、パウロをカイサリアの総督フェリクスに送り届けた。

難船
 フェリクスは、ユダヤ人の気をひこうとして、あるいはパウロから金をもらおうとして、パウロをカイサリアに監禁したままにする。2年後新たに総督となったフェストゥスに対して、皇帝に上訴すると告げてローマに向かうことになる。
 そして27章ではついにローマに向かって出発することになる。

 パウロは他の囚人たちと一緒に、皇帝直属の百人隊長に預けられた。しかし隊長はローマの市民権を持つパウロを安全にローマまで届けないといけない。そのためか隊長はパウロに対して随分好意的である。船でカイサリアを出発した一行は翌日シドンに到着する。そこでパウロは、その地に住んでいる友人たちを訪ねることを許されている。
 シドンを出た船は向かい風にあい、そのまま西に行くことができないのでキプロス島を風よけにするように北側を回り込むようにして航行する。そして陸地に近い所をどうにか西に進んでミラという所へ辿り着く。そこは西からの風を避けられる船の避難所になっていたようだ。
 そのミラで百人隊長はイタリア行きのアレクサンドリアの船を見つけて囚人たちをその船に乗り込ませる。アレクサンドリアはエジプトの町で、エジプトはローマ帝国の穀物供給地帯だったそうだ。
 ところがこの船もやはり強い北西の風を受けてなかなか思うように進めなかった。どうにかクニドス港に近づくが、強い風に行く手を阻まれて、南に流され、クレタ島のサルモネ岬を回って、島の南側を通ってラサヤの町に近い良い港と呼ばれるところに着く。
 風のために予定が遅れてしまったのだろうか、既に断食日も過ぎていたので、パウロはこの後の航海は中断しようと言ったと書かれている。断食日とは、レビ記16章29節以下に書かれている贖いの儀式が行われる贖罪日のことだそうで、その日には苦行をしなければいけないと書かれている。それは第7の月の10日と書かれていて。今の暦だと9月から10月になるそうだ。当時は航海は日中だけで夜は休み、冬には海が荒れるので沖に出ないというのが常識だったそうだ。ところが船長たちは良い港ではなく、80kmほど先にあるフェニクス港で冬を過ごした方がいいということで、パウロの意見は却下されてフェニクス港へ向かうこととなった。
 丁度南風が吹いて来たので、錨を上げクレタ島の岸に沿って進んだ。ところが、まもなくエウラキオンと呼ばれる暴風に襲われてしまう。クレタ島は2500メートル級の山があって、その山から強い風が吹き下ろすことがあるそうで、船はそのまま流されるしかなくなった。
 やがてカウダという島の陰に来たところで、どうにか小舟を引き上げ、船体には綱を巻き付けた。しっかりとした岸壁のないところに上陸する時のために、小舟をロープで結んで引っ張っていたのだろう。しかし荒らしによって本船と小舟がぶつかって壊れてしまわないように引き上げたようだ。またシルティス(アフリカの北岸)の浅瀬に乗り上げることがないように、海錨を降ろして流れるに任せた。途中まで錨を降ろすことで、風に流されにくくなり、横風も受けにくくなるようだ。船体に綱を巻き付けるのは船体の強度を高めるためらしい。
 どれほど揺れただろうかと思うが、どうにもならず、次の日には船を守るために積み荷を捨てるしかなくなった。三日目には船具までも捨てることになった。

 「幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消え失せようとしていた」という程だった。当時の航海術では、太陽と星から自分の位置を確認していた。ところがその肝心の太陽も星も見えなくなってしまうということは自分たちがどこにいるのか確認するすべがなくなってしまうということだ。
 また「シルティスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて」(17節)とあるが、シルティスとはアフリカ側の地名だそうで、そこまでは何百kmもあって、実際にはそんなことになることはほとんどないそうだけれど、それほどの恐怖に震えていたということなのかなと思う。
 
 そんな時にパウロがみんなに語りかける。私の言ったとおりにしておけば、と言いつつ、しかし船は失うが誰ひとりとして命を失う者はない、という神の天使の言葉を告げた。私に告げられたことは本当にその通りになる、必ずどこかの島に打ち上げられる、ローマに行ってキリストを伝えることは神の変わらない計画なのだ、ということをパウロは語る。
 しかしそれを聞いてみんな安心したんだろうか。命を失う者はいないというのは良いだろうけれど、船は失うなんて言われて、どう思ったんだろうか。すっかり安心なんてことにはならなかったと思うけれど、でも一縷の望みは持てたんじゃないかなと思う。

食事
 パウロは大丈夫だと言ったけれど、その後10日ほど、ずっと漂流を続けた。そして14日目の夜、やっと船は陸地に近づく。その時、船員たちが逃げ出そうとするが、どうにか止める。そしてパウロはみんなで食事をしようと言い出した。決して命を落とすことはないと言って、パウロは一同の前でパンをとり感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。最後の晩餐のイエス・キリストみたい。
 この時は少しは風もおさまっていたのだろうか。それまで心配と不安と船の揺れで食事を取る気にもならなかったのではないかと思うけれど、食事を取ろうというパウロの姿を見て元気になったので食事ができたのかな。
 充分食べてから穀物を海に捨てたということは、船具まで捨てたけれど食料となる穀物はちゃんと残してたということだ。そして充分食べてからそれを捨てたというのは、その穀物さえ捨てるほどやばい状況になってきているということかなと思う。島に流れ着く時に、少しでも島に近づくためにできるだけ船を軽くして、吃水を浅くしたんだろうなと思う。

風に流されながら
 風に吹かれ、波にもてあそばれつつ、それでもパウロはローマへと近づいていく。総督やローマ兵にいいようにあしらわれ、船員に見捨てられようとしたり、兵士に殺されようとしたりしながら、それでも着実にローマへ近づいていく。

 パウロは嵐に遭いながらも、みんな助かる大丈夫だ、それが神からのメッセージだ、さあ食事をしよう、と言った。それを聞いた人たちは、ああ良かった、これで安心だ、なんて思ったのだろうか。やっぱりすっかり安心とはならなかったんじゃないかと思う。でも何日も嵐に揉まれてなすすべもないときに、必ず助かると聞くと元気が出てくるような気もする。

 しかし現実には、天使が現れて大丈夫だと告げてくれることはあまりない。というか、そんな経験はない。
 こんな自分ではダメだと自分の無能さや無力さを感じる時に、それでも誉めてくれたり安心させてくれたりする人がいる。神学生の時に、あなたには説教の賜物があると言ってくれた言葉は、根拠のない自信となって今の自分を支えてくれている。実はそんな人たちは天使なんじゃないかと思うようになった。大丈夫だ、安心しなさい、という神の言葉を伝えてくれる人は天使なんだと思っている。

 パウロも荒らしにあって翻弄されている。これって神に守られているんだろうか。荒らしに遭わないでいいようにしてくれたらいいのに、これって本当の守られてると言えるんだろうかと思う。
 また神の計画もよく分からない。神の計画なら嵐に遭わせないで欲しいと思うけれど、現実にはなかなかそうもいかない。嵐の中に生きるときには、このまま駄目になってしまうのではないか、良くなるなんて事はないのではないか、と心配になり、絶望的な気持ちになる。
 でもこうやって聖書を読んでいると、そして天地たちの励ましを聞いていると、きっと大丈夫、きっと守ってくれる、と希望が湧いてくる。
 そんな絶望と希望との間をいったりきたりしている。

 ところで船に乗っていたのが276人であったと出てくる。こんな数字に注目する人はあまりいないみたいだけれど、注解書に調和の取れた数字だと書いてあった。それで電卓で計算すると、1+2+3+,,,,+23=276だった。完全数というか調和の取れた数字になっていた。
 余談だけれど、ヨハネによる福音書21章で、ペトロたちが一晩漁をして捕れなかったのに、明け方復活のイエスが舟の右側に網を打てと言ったら魚がいっぱい捕れたという話しがあって、その時捕れた魚が153匹だったとある。これは、1+2+3+,,,+17=153だ。
 船に乗っていたのが276人だったというのは、思いもよらない大変な目に遭っているけれど、それも神の計画の中にあること、神の手の中にあることであるということを表している数字なのかなと思う。

 思うように行かないと思うことが多いけれど、実はそれも神の計画というか神の手の中にあるかもしれないなんて思っている時に、丁度久しぶりに「病者の祈り」を見かけた。

 「病者の祈り」

 大事を成そうとして 力を与えてほしいと神に求めたのに
 慎み深く従順であるようにと 弱さを授かった

 より偉大なことができるように 健康を求めたのに
 よりよきことができるようにと 病弱を与えられた

 幸せになろうとして 富を求めたのに
 賢明であるようにと 貧困を授かった

 世の人々の賞賛を得ようとして 権力を求めたのに
 神の前にひざまずくようにと 弱さを授かった

 人生を享楽しようと あらゆるものを求めたのに
 あらゆるものを喜べるようにと 生命を授かった

 求めたものは一つとして与えられなかったが 願いはすべて聞き届けられた
 神の意にそわぬ者であるにもかかわらず 心の中の言い表せない祈りはすべ てかなえられた

 私はあらゆる人々の中で 最も豊かに祝福されたのだ

  〜ニューヨーク・リハビリテーション研究所の壁に書かれた一患者の詩〜

 なかなかこんな風には思えない。苦しいことや、思うように行かないことがあるとすぐ凹んでしまう。ピアノの件でもすっかり凹んでいる。でもそんなこともこんなことも神の計画の中にあるというか、神の手の中にあるということなのかなと思うようになった。神が最初から私たちを苦しめる計画を持っているとは思わないけれど、苦しみも悲しみもひっくるめて、神の計画の中にすくい上げてくれるということなのではないかと思う。
 だから思いもよらない風に流されてしまうことを徒に嘆くのではなく、風に流されながらも、そこに伸ばされている神の手にこの身を委ねて生きていけばいいんだと教えて貰ったような気がして、ちょっと安心して、ちょっと嬉しくなっている。