牧師のひとり言の目次 

夢物語



 先日ある人が寝溜めと食い溜めができればいいのにと言うのを聞いて、みんな同じようなことを考えているんだなと思いました。
 礼拝のメッセージも作り溜めを出来たら毎週毎週苦しまなくてもいいのになあとよく思います。しかし実際には毎週日曜日の朝までじたばたしていて、しかもいつも中途半端なまま時間切れになっているような状態なので、何週分も前もって作るなんてのはほとんど夢物語です。
 以前メッセージは生ものだと言っていた人がいました。昔作った説教はやはりどこかしらしっくりこないところがあるなとよく思います。メッセージも刺身と同じように何日も前に調理したものはだんだん食えないものになってしまうような気もします。
 やっぱり刺身もメッセージも新鮮なほど美味いみたいです。だったら今のやり方は結構いいのかもしれません。
 できもしない夢物語に憧れるよりも、またそうできない自分を責めるよりも、今の自分のやり方を認めた方がよっぽどいいなと思えてきました。