牧師のひとり言の目次
傷だらけ
だいぶ前ですが車関係の雑誌だったと思いますが、ヨーロッパでは自動車は道具と思われているというようなことを読んだことがあります。道具なので少々傷がついても気にしない、傷が付くのが当たり前と思っているそうです。だから多少の傷では修理しないし、部品の交換も中古で済ますのだそうです。
一方日本では自動車はインテリアのように思われているので、少しでも傷がつくとすぐに修理して、部品の交換も新品を使う、というようなことを書いていました。
職人の使う道具は、使い込む程に手になじんでくるというようなことを聞きます。そんな道具には長年の使用で無数の傷がついていることでしょう。そしてそんな道具こそが良い道具なのだと思います。
先日、姦通の女を訴える民衆に対してイエスが「罪を犯したことのない者が、まずこの女に石を投げなさい」と言ったという箇所の話しを聞きました。民衆はみんなそこを立ち去ってしまったけれども最初に去ったのは年長者だった、ということに初めて気が付きました。
生きるということは、傷つき傷つけることでもあると思います。人生とは、繰り返し自分に傷を負っていく行程なのかもしれません。使い古されたいい道具のように、いっぱい傷跡を持っている人、痛みをいっぱい知っている人こそが、優れた人なのではないかと思います。