牧師のひとり言の目次 

一期一会?

 少し前、これが最後だと分かっていたら誠意を持って接することができる、というような文章を見ました。
 確かに、もうこれで最後だとわかっている時には、出来る限りのことをしてあげたいという気になります。日常の中でも、これで最後かもしれないと思えれば優しくなれるような気もします。
 けれども、実際は今日で最後かどうかわからないことがほとんどです。わからないけれども今日で最後だからという特別な気持ちを毎日毎日持ち続ける、なんてことは出来そうにもありません。もしそんな気持ちが毎日続いたとしたら、それは最後だらかという特別な気持ちと言うよりも、日常の気持ちと言うのではないか、今日で最後が毎日続く、なんてのは矛盾する言葉なのではないか、なんて気になります。
 最後だからという気持ちを奮い起こせるかどうかが問題ではなく、常日頃の優しさやいたわりの気持ちをどれほど持っているかが問題なんじゃないかという気がします。