牧師のひとり言の目次 

欠 け

 自動車の免許を取るために教習所に通っていました。公認の自動車学校ではなかったので決まったカリキュラムもなく、初めて行った日からクランクやS字を通ったりするかなり目茶苦茶な所でした。
 少し慣れたころコースを周って採点をすることになりました。一番最初は確か30点でした。あまりに低い点だったのでちょっとショックでした。ところがまわりはほとんどマイナスで、中にはマイナス150点なんていうのもいて安心しました。満点の100点から減点していくのでこうなってしまうわけです。しかしマイナスにまでなるとその人そのものが消えてなくなってしまうような気にもなります。
 免許を取る時だけではなく、常日頃から自分自身に対して減点をしているような気がします。あれができない、これができない、あれがない、これもない、と。あるいは自分に対してだけではなく、自分の家族に対しても、教会に対しても、社会に対しても同じように減点する目で見ていることが多いのかもしれません。そうするとほとんどの場合は相当なマイナスになってしまうに違いありません。減点だと文字通り減るばかりで増えることはないのですから。
 そして私たちの実体はそんな大きなマイナスなのかもしれません。無限大に近いくらいのマイナスかもしれません。まるで生きる価値もないような人間にさえ思えてきます。きっと私たちはきっとそんな欠けだらけの人間なのでしょう。
 しかしイエスはそんな私たちのところへ来た、と言います。
 『イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。』(マルコによる福音書2章17節)
 イエスは私たちをマイナスだとは見ていないようです。わざわざ招いているのですから。