牧師のひとり言の目次 

澱 み

  中東に死海という湖があります。そこは海よりもずっと低い土地にあるためにかなり暑い所だそうです。そこには周りのいくつかの川が流れ込んでいるそうです。でもその湖から流れ出る川は一つもないと聞きます。窪地にあるような湖なので流れ込むだけということのようです。流れ出る水がなくても暑くて水分は蒸発し、塩分などが溜まりそこには生き物はほとんど生きられず、文字通り死の海となっているそうです。
 小さいころからいろんな物をよく貰いました。周りの者よりもよく貰うほうでした。遠慮するということをほとんどしない人間で、すぐに喜んで貰ってしまうので相手も与えやすかったのかもしれません。
 ところがいつのまにか人から物をもらうことにばかり関心を持つようになっていました。誰かが持っているものが欲しくなった時にも、それを自分で買おうと思うよりも先に、その人がくれないだろうか、と思うこともありました。遂には、どうしてあの人はくれないのだろう、なんてことになってしまいました。
 いろんなところから色々な物をもらいたい、誰からも優しくしてもらいたい、そんなもらいたい気持ちがあります。しかしそれだけだとしたら、自分がしてもらうことだけを考えているとすれば、きっと『何もしてくれない』、という不満ばかりになるでしょう。その人の心は死海のように生き物の住めない澱みになってしまうかもしれません。
 イエスは言いました。「だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。」(マタイによる福音書7章12節)
 してほしいと望む気持ちをなくすことは多分無理でしょう。イエスもそれをなくせとは言っていないようです。その望むことを人々にせよ、と言っています。受けるだけではなく与えることです。人もきっと澱みでは生きていけません。