牧師のひとり言の目次 

見えない

 「うちの主人は夕方暗くなってきてもなかなか車のライトを点けない。もう暗いから点けたらと言っても、まだ見える、まだ見えると言って点けない。」隣にいた人がすかさずこう言った、「見えると言い張る所に罪がある」。
 この世の中で一番見えないのは人の心かもしれません。自分の気持ちだって、どんなことで浮き沈みするのか良く分かりません。会いたくないと思っていた人の言葉で元気になったり、身近な人のひとことで途端に落ち込んだり。まして他の人の気持ちを理解する事などなかなか出来るものではありません。
 なのについ何でも分かったような気になってしまうことが多くあります。こんな時にはこんな風な気持ちになるものだ、と勝手に思い込んでしまいます。そして分かったようなことを言ってしまいます。よく聞きもしないで分かったつもりで、ああしろ、こうしろ、そうじゃない、こうすべきだ、なんてことを言ってしまうこともよくあります。その人の気持ちよりも、その人の置かれた状況のみを見つめて、それで相手の気持ちまで分かったような気になったりします。
 相手の心はなかなか分かりません。分かろうという熱意がないとわからないように思います。だから簡単に分かるものではない、ということだけでも分かっていたいと思います。簡単に、分かったような気にならないようにしたいと思います。
 「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ローマ12:15)これは容易なことではなさそうです。