牧師のひとり言の目次
ゆっくりやれ
高石ともやという人の話しが新聞に載ったことがありました。フォーク歌手ですが何日もかけて数千kmも走るレースに出て完走している人です。その人が子どもの時、おじいさんと畑仕事をしていた時の話しです。彼が必死で仕事をしているとおじいさんが、「ゆっくりやれ」と言ったというのです。そしてその姿勢が彼の生き方にも走り方にも影響を与えているというような話しでした。
そういえば同じような経験をしたことがあります。小さい頃、子どもたち何人かで畑の草刈りを手伝った時のことです。最初は勢いよく刈ってもすぐに疲れて休み、また少ししては休みでまるではかどらず、本当に畑全部終わるのだろうかと思ったことがありました。でもその横で祖父はゆっくりと、しかし着実に刈っていました。鎌を持つと競争するようにどんどん刈ってしまい、ゆっくり刈るという術を知らなかったのでした。全体の事を考える事が出来ず、すぐ目の前にある草を刈る事しか頭になかったのです。
何をするにしても早くすることに価値があるような雰囲気があります。でもそんな時はすぐ目の前の事しか見えていない事が多いのではないでしょうか。
ゆっくりすることで長続きし、その方が結局は多くの事ができることがあります。人生はマラソンのようなものです。おかしなところで全力で走ってしまうとゴールまでたどり着けません。周りに左右されず、自分のペースを知りそれを守ることが大事です。自分のペースを知るとは、自分がどう生きるか、何を目指して生きるかということを知ることでしょう。
死をも視野に入れ、さらに死の向うをも見つめつつ生きるとすればゆっくりやるしかないように思います。