牧師のひとり言の目次 

それぐらい?

 「もっと大変な人もいるんだから、そういう人に比べたらあなたのは大したことではない」といった言葉をよく聞きます。またよく言います。
 大変だ、苦しいと言っている人の話しを聞く時に二種類の聞き方があるように思います。
 ひとつは自分の苦しい経験から人の苦しみを理解しようとする聞き方です。
 もうひとつは自分の経験と比較してそんなことぐらいどうってことないという聞き方です。中には人の苦しみを餌にして自分の自慢話を始める時もあります。
 苦しみに優劣はありません。どっちが大変かなんて客観的に決められません。また苦しみは事柄の大変さに比例するわけでもありません。ある人にとって何てことないことがある人にとっては大変な苦痛であることもあります。苦しいのは事柄ではなくその人の心なのです。
 しばしば私たちは"それぐらい"と思います。でもそういう時には私たちは事柄にしか目が向いていません。しかもその人の事柄ではなく、自分の経験した事柄を見ていることが多いのではないでしょうか。私は何ともなかった、私もしてきた、私はできた、と思います。でもそこでは相手の苦しみが見えていません。相手の心は見えていません。相手の心が見えて初めて相手の事柄が見えてくるのかもしれません。
 『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。』(ローマの信徒への手紙12章15節)