牧師のひとり言の目次
誰のため
人には自分自身に対して三つの評価があると聞いた事があります。自分自身の自分に対する評価、周りの人が自分に対する評価、もう一つが周りの人が自分の事をこういう風に見ているであろうと自分が考えている評価です。そしてほとんどの場合、周りの人の評価と、周りの人がこう思っているであろうと自分が考える評価には大きな違いがあるそうです。
人はだれでも多かれ少なかれ周りの人の目を気にして生きているだろうと思います。そして周りの人の期待に添うように生きるもののようです。特に子どもの時には親の期待に添うように生きるそうです。そして力で押さえつけられる子どもほど親の顔色を見て努力し、いつまでも人の評価を気にするようになるそうです。
自分のために生きている、と誰もが思っています。でも実は自分のためではなく、誰かの評価を気にして、誰かから誉められるために、誰かから羨ましがられるために、誰かに自慢したいために生きていることも多いのではないでしょうか。自分のためではなく、自分に対する評価のために生きていることがなんと多いことでしょうか。なんとも不自由な生き方です。
『自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。』(ガラテアの信徒への手紙5章1節)