牧師のひとり言の目次 

劣等感

 あいさつするのも、お礼を言うのも下手でした。物心ついた時には何も言えないおとなしい子どもということになっていました。何かの拍子に少しでも話すと、そのことを大変なことが起こったようにように言われ、話さないとやっぱりおとなしいからと言われ、余計に話せなくなりました。あそこの子は何でもよく話すのに、とよく言われてきました。おとなしい自分は駄目な人間だと思っていました。だからおとなしいねえという言葉は、ぼくにとっては誉め言葉ではなく劣等感を大きくする言葉でした。なんとかそう言われないようにしようと思っていましたが劣等感を抱えたままではどうにも変わりようがありませんでした。
 人から非難されるのではないかといつも心配でした。賞賛されるように頑張ることはあっても、それは不安の裏返しです。相手を喜ばすためとか相手のためではなく、自分がとやかく言われないために何かをすることがしばしばでした。だから何をするにしても喜んでわくわくしながらではなく、これでいいだろうかといつも心配でした。こんな自分ではだめだという声にいつも怯えていました。
 いい、いい、それでいい、おまえはおまえでいい、おまえはおまえじゃないといけない、そんなイエスの声が聖書にこだましています。安心感の源はここにあるようです。